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高松地方裁判所 昭和52年(行ウ)4号 判決 1985年10月31日

原告 新開武 外一名

補助参加人 三木豊樹

被告 番正辰雄 外一七名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用のうち参加によつて生じた部分は補助参加人の負担とし、その余は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  香川県坂出市(以下「市」ともいう。)に対し、被告番正辰雄(以下「被告番正」という。)及び同浦野政秋(以下「被告浦野」という。)は各自金四八億〇六三〇万円、別紙損害金一覧表「被告」欄記載の各被告組合はそれぞれ(ただし、同表の最初の被告欄に記載された四被告組合は各自)同表の同欄に対応する「損害金」欄記載の金員及び右各金員に対する昭和五二年八月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告番正及び同浦野の本案前の答弁

1  原告らの訴を却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  被告らの本案についての答弁

1  主文第一項と同旨

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (原告らの地位)

原告らはいずれも坂出市の住民である。

2  (公金の支出)

坂出市は坂出港港湾整備事業の一環として、同市林田及び阿河浜両地先の公有海面の埋立等を内容とする林田・阿河浜地区土地造成事業(以下「本件事業」という。)を計画していたところ、被告番正は同市市長として、本件事業に伴う漁業損失の補償に関し、別紙補償契約一覧表「被告」欄記載の各被告組合との間で、それぞれ同表「契約日」欄記載の日に、右損失に対する補償金として同表「補償金額」欄記載の金員を同表「支払方法」欄記載のとおり支払う旨の契約(以下、右各契約を一括して「本件契約」という。)を締結したうえ、同市収入役の被告浦野に対し右各金員の支出を命じ、同被告は同表同欄記載の各日時ころに各該当金員をそれぞれ当該被告組合に支払つた(以下、右各支払を一括して「本件支出」という。)。

3  (本件支出の違法性)

しかしながら、本件契約は、以下に述べるとおり、被告番正が市に対して負担する誠実義務に違反して締結したものであるから違法であり、したがつて、この違法な契約の履行としてなされた本件支出も違法である。

(一) 地方公共団体とその長との関係は本質的に委任関係であり、長は善良な管理者の注意をもつて誠実に委任事務を処理する義務を負うものであるから(地方自治法〔以下「法」という。〕一三八条の二参照)、本件のような漁業補償においては適正な価額の補償をなすべきであり、そのためには国の定めた「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(昭和三七年六月二九日閣議決定、以下「本件要綱」という。)や蓄積された先例、判例、あるいは損失補償及び損害賠償の法理論に従い、補償の対象となる漁業の実態を正確に把握し、これに適切な判断を加えて正当な補償額を算出すべきものである。

(二) ところで、本件契約は被告組合らに対し総額で金四八億三二五〇万円を支払うというものであるが、その中には会議費金二四〇〇万円と利子相当金(利子補給金ともいう。)三八〇〇万円が含まれており、これらを控除した金四七億七〇五〇万円が漁業損失(すなわち、漁業権等の消滅、制限又は影響)に対する補償額であつて、その漁業種別及び補償種別ごとの内訳につき、被告らは別紙内訳表記載のとおりである旨主張している。

(三) しかし、右のうち会議費と利子相当金については、これを市が負担すべき合理的根拠が全くないものである。

(1) まず、会議費については、本件契約締結に至るまでに各被告組合が会議を開催するのに要した費用を市が填補するという趣旨のものと解されるが、このような費用は本件事業と相当因果関係のある損失ないし損害の範囲には含まれないものであるから、これを市が負担しなければならない理由は全くない。

(2) 次に、利子相当金については、漁業損失に対する補償金のうち契約後すぐに支払われない部分につき、支払が遅れることによる損害を填補するため、その利子に相当する金員を補給するという趣旨のものと解されるが、右補償金の対象である漁業損失(漁業権等の消滅、制限又は影響)はいずれも将来におけるものであつて、契約時にはいまだ損失は発生していないのであるから、逆に契約時から損失発生時までの中間利息を控除すべきではあつても、右のような遅延損害金類似の金員を支払わなければならない理由は全くないことが明らかである。

(四) また、本件契約における漁業損失に対する補償額(前記のとおり金四七億七〇五〇万円)は、次に述べるように補償の対象である漁業の実態に基づかずに算出された架空のものであり、かつ、正当な補償額(後記のとおり金二六二〇万円)をはるかに超える過大なものである。

(1) 本件契約では、消滅しない漁業種に対して消滅補償が行われている。

すなわち、本件契約では別紙内訳表のとおり、小型底曳網、このしろ巻刺網、ままかり巻刺網、たこ釣、まき餌釣、えむし、まて突、採貝、その他の釣、あなご延縄、その他の延縄、建網及び桝網の合計一三種の漁業に対して消滅補償を行うものとされているが、このうち小型底曳網(許可漁業)に対するものは全く根拠がない。何故なら、本件事業による埋立工事に伴つて漁業権等を消滅させなければならない海域は別紙図面に消滅海域として表示されたとおりであるところ、小型底曳網については香川県漁業調整規則三九条により右海域での操業は禁じられており、実際にもこの海域での操業は行われていなかつたものであるし、この海域以外での小型底曳網の操業について、本件事業に伴つて許可が取消され、あるいは操業が永久に不可能になるということはあり得ないからである。

小型底曳網以外の許可漁業についても同様であつて、右消滅海域に限つて許可された漁業種は存在しないから、これらについては制限ないし影響補償を考慮すれば十分で、消滅補償を行うべき理由は全くない。

また、右一三種の漁業種のうち自由漁業に属するものについても、消滅補償を行うべき理由はない。何故なら、そもそも右消滅海域においては権利と言えるまでに成育した自由漁業は行われていなかつたものであり、仮に権利性のある自由漁業が行われていたとしても、これらの自由漁業は、例えば「その他の釣」について考えてみれば容易に分るように、右消滅海域での操業が不可能となつても他のどこへでも移動することができるのであつて、その漁業種として操業が永久に不可能となるものではないからである。

(2) また、本件契約における制限・影響補償についても右の消滅補償の場合と同様であつて、現実になされておらず、あるいは本件事業により制限や影響を受けない漁業種に対して制限・影響補償を行つているものが多い。なお、本件事業により漁業権等が制限又は影響を受ける海域は、別紙図面に制限海域、影響海域として表示されたとおりである。

(3) 更に、本件契約において前提とされている水揚高は、次の諸点から明らかなように、架空かつ過大なものである。

(ア) 香川県経済労働部水産課が昭和五一年七月一日付で発行した「香川の水産」によると、同四九年度における香川県内漁業の生産高は金八七・一億円とされているところ、別紙内訳表によれば、本件事業による補償対象海域(前記の消滅、制限、影響海域)における年間総水揚額は、実に右県内漁業生産高を上回る金九一億五七四五万円余とされている(ちなみに、右「香川の水産」によれば、同四九年度における被告組合らの組合員数は、正組合員二二五五名、準組合員二三八名の合計二四九三名で、香川県全体の組合員数〔正組合員六六一一名、準組合員一五〇一名〕の三〇・七パーセントにすぎない。また、本件補償対象海域は、右「香川の水産」における主たる漁場図には漁場として表示されていない。)。

(イ) 右「香川の水産」における同四九年度の魚種別生産金額と、別紙内訳表における漁業種別水揚額を比較しても、次表のとおり後者が前者を上回り、香川県の年間生産高以上の水揚を一漁法であげているという結果となつている。

香川の水産内訳表

魚種別

生産金額(円)

漁業種別

水揚額(円)

さわら類

一億一七六二万

さわら流網

三億〇〇六〇万

さわら曳釣

五三一〇万

たこ類

七億九〇四七万

たこ釣

九億二五五〇万

たこ(養殖)

二五五四万

たこ壷縄(大だこ)

二億二七一〇万

いいだこ壷縄

一億〇九九五万

えむし

三〇四七万

えむし

一億三二〇〇万

このしろ

二三四〇万

このしろ巻刺網

四三二〇万

まて

五六八二万

まて突

二億三五五六万

わかめ

二九四一万

採藻

一億七三七〇万

(ウ) 別紙内訳表によれば、建網及び桝網の両漁業種の年間総水揚額は、それぞれ金七億五〇六〇万円及び金四九八〇万円とされているので、これに同表における右両漁業種についての依存度率及び消滅被害率を乗ずると、建網につき金一億一九〇四万円、桝網につき金一一九五万円となるが、これが右両漁業種の本件消滅海域内における年間水揚額ということになる。

すなわち、本件契約では、わずか五〇ヘクタール程度の消滅海域から建網と桝網の両漁業種で年間一億三〇九九万円もの水揚が得られていたことが前提とされていることになるところ、右金額は同五一年における香川県下全体の小型定置網の生産額金八億二二二一万円(社団法人香川農林統計協会発行の「第二四次香川水産統計年報」による。)の実に一五・九パーセントにものぼるものである。

(4) そのほか、本件契約で前提とされている依存度率及び被害率についても実質的根拠はなく、明らかに架空かつ過大なものである。

(5) なお、市関係者は市議会の建設港湾委員会において、本件契約における漁業損失に対する補償額が本件要綱に従つて計算された補償額の二倍以上になつていることを自認している。

(五) 右(三)及び(四)で述べたとおり、本件契約は、損失補償ないし損害賠償として全く根拠のない金員(会議費及び利子相当金)の支払を約し、あるいは補償の対象である漁業の実態に基づかずに算出された架空かつ過大な補償金の支払を約したものであるから、被告番正が本件契約を締結したことは、同被告が市に対して負担する前記誠実義務に違反するものであることが明らかである。

4  (被告らの責任)

(一) 被告番正は坂出市市長として、漁業補償契約を締結するにあたつては本件要綱等を遵守してその契約額を適正なものにするべき義務を有していたにもかかわらず、前記会議費及び利子相当金が損失補償ないし損害賠償として根拠のないものであること及び本件契約における漁業損失に対する補償額が架空かつ過大なものであることを知りながら、又は重大な過失によりこれを知らないで本件契約を締結したうえ、その支出命令をなし、よつて市に対して後記損害を与えたものであるから、民法七〇九条により(仮に民法の適用がないとすれば、法二四三条の二第一項後段により)、これを賠償すべき義務がある。

(二) 被告浦野は坂出市収入役として、市長から支出命令を受けた場合でも、当該支出負担行為が法令に違反するものでないことを確認してからでなければ支出をしてはならない義務を負つていたにもかかわらず、本件契約が前記のように違法なものであることを知りながら、又は重大な過失によりこれを知らないで本件支出をなし、よつて市に対して後記損害を与えたものであるから、民法七〇九条により(仮に民法の適用がないとすれば、法二四三条の二第一項後段により)、これを賠償すべき義務がある。

(三) 本件契約を締結した被告組合らの各理事は、それぞれ当該被告組合を代表して契約を締結するにあたり、自らの要求が損失補償ないし損害賠償として根拠がなく、あるいは漁業の実態に基づかない架空かつ過大なものであり、被告番正がその要求に応じることは同被告の市に対する義務に違反する違法な行為となることを知りながら、又は不注意によりこれを認識しないで、同被告に対し執ようかつ強硬に契約の締結を迫り、ついに同被告をして本件契約を締結させるに至つたものであるから、被告組合らは、被告番正の前記不法行為に積極的に加担かつ助勢したものとして、それぞれ同被告とともに共同不法行為の責任を負うものである(なお、別紙補償契約一覧表の最初の被告欄に記載された四被告組合は、共同で一個の契約を締結したものであるから、内部的にも共同不法行為の責任を負うものである。また、各被告組合が賠償すべき損害額については後記のとおりである。)。

(四) 仮に、右(三)の主張には理由がないとしても、本件契約は前記のとおり被告番正が市に対して負担する誠実義務に違反して締結した違法なものであり、しかも、その瑕疵は重大かつ明白であつて、このような違法な契約が締結されたことについては、その相手方である被告組合らにも故意又は過失が存するものであるから、本件契約は法律上無効と解すべきである。

そうすると、被告組合らが本件契約に基づいて受領した各金員のうち正当な補償額を超える部分(その額は、右(三)に関して各被告組合が賠償すべき損害額として後述する額と同じである。)は、いずれも法律上の原因を欠くものであるから、被告組合らはそれぞれ不当利得としてこれを市に返還すべき義務がある。

5  (損害)

(一) 市は本件支出により、その支出総額から本件事業に伴つて被告組合らに補償すべき正当な補償額を控除した額と同額の損害を受けたものである。

(二) ところで、右の正当な補償額は、次に述べるとおり合計金二六二〇万円である。

(1) まず、消滅ないし制限補償について検討すると、本件事業による埋立工事が行われる海域に存した漁業権漁業は、<1>第二種共同漁業の藻建、磯建網漁業(免許番号共第三四号)、<2>第二種共同漁業の雑魚桝網漁業(同共第三八号)、<3>第一種共同漁業のあさり、えむし、はまぐり漁業(同共第六一号)のみであつたところ、現実において右海域では、<1>の建網は年間春秋の二回ほど行われていたが、ボラ、コノシロ、アイナメといつた低級魚しかとれず、従事する漁業者も被告坂出市漁業協同組合の関係者二名ほどにすぎず、<2>の桝網についても同被告組合の関係者一名が従事していたという程度で、<3>のうち、えむしについては、主として被告与島漁業協同組合が採捕し、あさりについては、同坂出市漁業協同組合が入場料を徴収して一般市民にレクリエーシヨンとして採取させていたという程度であつた。

したがつて、これらの漁業権による年間粗収入は、いくら多く見積つても<1>及び<2>につき各金三〇〇万円、<3>につき金一〇〇万円を超えることはないし、その収益率は、<1>及び<2>につき各二〇パーセント、<3>につき八〇パーセント程度でしかあり得ない。

そうすると、これらの漁業権による年間収益額は合計金二〇〇万円になるところ、本件要綱によれば、消滅させる漁業権に対する補償額は、当該権利を行使することによつて得られる収益を資本還元した額を基準とすることとされているので、右収益額に八パーセントの利率を適用してこれを資本還元すると、金二五〇〇万円となる(200万円÷0.08=2500万円)。

すなわち、右の漁業権に対しては金二五〇〇万円の消滅補償を行うべきものであつて、これ以外に漁業権等の消滅ないし制限による補償を行うべき理由はない。

(2) 次に、影響補償について検討すると、前記影響海域内ではのり、はまち等の養殖が行われているが、のりについては、その養殖期である冬期には本件事業による埋立工事は中断されるため影響はないし、はまちについては、その養殖場は、埋立地から相当距離があり、潮流も同養殖場の方へは向つていないので影響は皆無である。

ただ、右海域において底曳網漁を営む経営体があり、これに対する若干の影響が考えられるところ、右経営体は現実には一、二であるので、その年間収入は金一〇〇〇万円を超えることはないし、その収益率は三〇パーセント程度である。

したがつて、右底曳網漁による年間収益額は金三〇〇万円であるところ、これに対する本件事業による埋立工事の影響率(収益低下率)は、せいぜい一〇パーセント程度にすぎないから、その損害は年間金三〇万円ということになる。

そこで、右埋立工事の期間である五年間毎年右の損害を与えるものとし、右期間中の中間利息をホフマン方式により控除することとして、その損害額を算定すると、金一二〇万円となる(30万円×5×0.8=120万円)。

すなわち、右の底曳網漁に対しては金一二〇万円の影響補償を行うべきものであつて、これ以外に影響補償を行うべき理由はない。

(三) そうすると、結局、本件支出により市が受けた損害は、その支出総額金四八億三二五〇万円から右の正当な補償額合計金二六二〇万円を控除した金四八億〇六三〇万円であるから、被告番正及び同浦野は各自同額を賠償すべきである。

一方、被告組合らについては、そのすべてが右(二)で述べた<1>ないし<3>の漁業権のうち少なくとも一つの免許を有しており、その意味では全被告組合がこれに対する消滅補償金二五〇〇万円の一応の権利者であることになり、また、右影響補償金一二〇万円についても一応全被告組合が権利者と考えられるので、右の正当な補償額合計金二六二〇万円を全被告組合に均等に分割すると、一組合あたり金一六三万七五〇〇円となる。

したがつて、各被告組合は、それぞれ本件契約に基づいて受領した金員から右の正当な補償額である各金一六三万七五〇〇円を控除した額を市に賠償すべきであるところ、その各被告組合ごとの具体的な金額は、別紙損害金一覧表の損害金欄記載のとおりである(なお、同表の最初の被告欄に記載された四被告組合についての損害額は、その共同の契約金額から四組合分の正当な補償額である金六五五万円を控除したものである。)。

6  (住民監査請求とその結果)

原告らは坂出市監査委員に対し、本件支出が違法であるとして、しかるべき措置をとるよう住民監査請求をしたが、同監査委員は昭和五二年七月一三日、原告らに対し右の請求には理由がない旨の通知をした。

7  (結論)

よつて、原告らは、法二四二条の二第一項四号に基づき坂出市に代位して、被告番正及び同浦野に対し、民法七〇九条(予備的に法二四三条の二第一項後段)に基づく損害賠償として各自金四八億〇六三〇万円、被告組合らに対し、不法行為による損害賠償(予備的に不当利得の返還)として、それぞれ(ただし、別紙損害金一覧表の最初の被告欄に記載された四被告組合については各自)同表「損害金」欄記載の金員並びに右各金員に対する昭和五二年八月一八日(これは、訴状が最も遅く送達された日の翌日である。)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を坂出市に対して支払うよう求める。

二  被告番正及び同浦野の本案前の主張

被告番正及び同浦野に対する本件訴は、次のとおり不適法なものであるから、却下を免れない。

すなわち、右訴は、被告番正が坂出市市長として違法な支出負担行為又は支出命令をしたこと、あるいは被告浦野が同市収入役として右支出命令についての法二三二条の四第二項の確認を怠り、又は違法な支出をしたことを理由として損害賠償を求める住民訴訟であるが、市長及び収入役についての右各理由に基づく損害賠償責任については、法二四三条の二が規定するところであつて、右の者が同条一項の責任を負うべき場合には、同条九項により民法の規定は適用されないのである。

したがつて、原告らが右の場合にあたる旨を主張している本件においては、同条一項に基づく損害賠償責任のみが問題となるものであるところ、この責任が実現されるためには必ず同条三項の賠償命令の手続を経ることを要するのであつて、この賠償命令以外の方法(例えば、民事訴訟の提起)によつて右責任を実現することは、当該地方公共団体自身が行う場合であつても許されないものと解すべきである。

そうすると、地方公共団体に代位して行う住民訴訟(本件訴もこれにあたる。)をもつて右責任の実現を図ることも当然許されないものであるから、右被告両名に対する本件訴は不適法なものであることが明らかである。

三  本案前の主張に対する原告らの反論

1  仮に、法二四三条の二第一項に該当する職員については同項所定の責任しか問題とならず、かつ、その責任は同条三項所定の賠償命令の方法によつてしか実現され得ないものとすれば、法二四二条の二第一項四号による職員に対する住民訴訟は極めて限られた場合にしか提起できないことになるが、それでは法が住民訴訟の制度を設けた趣旨は没却されてしまうことが明らかである(ことに、地方公共団体の長が法二四三条の二第一項の職員に含まれるものとすれば、住民訴訟はその大半の意義を失うこととなる。)。

したがつて、まず第一に、法二四三条の二第一項所定の責任は、必ずしも民事上の損害賠償責任を排斥するものではなく、同項所定の職員が後者の責任を負うべきときは、これを追及するため住民訴訟を提起することが許されるものと解すべきであり、第二に、仮に同項に該当する職員については同項所定の責任しか問題にならないとしても、その責任の実現方法は同条三項の賠償命令の方法に限定されるものではなく(同項は特に簡易迅速な損害の回復方法を許容したものにすぎない。)、民事訴訟によることも許されるものと解すべきである。

2  仮に、右1の主張には理由がないとしても、地方公共団体の長は法二四三条の二第一項の職員には含まれないものと解すべきであるから(もしそうでないとすれば、同条は長が自らに対して賠償命令を発するという論理的に矛盾し、かつ、現実的にも期待不可能な事態を予定していることになり、極めて不合理である。)、少なくとも被告番正に対する本件訴は適法なものというべきである。

四  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1項及び2項の各事実は認める。

2  同3項ないし5項については、3項(二)の事実のみは認めるが、その余はすべて争う。

3  同6項の事実は認める。

五  被告らの主張

1  本件契約における漁業損失に対する補償額は、原告らの主張するような架空かつ過大なものではない。

この点に関する原告らの主張はすべて失当であるが、その主なものを指摘すれば次のとおりである。

(一) 原告らは請求原因3項(四)(1)において、本件契約における消滅補償のうち許可漁業及び自由漁業に対するものは理由がない旨主張する。

しかし、これは、権利自体が消滅する場合でなければ消滅補償をしてはならないとの誤つた考えに基づくものである。例えば、自由漁業に属する漁業種が本件消滅海域(その範囲については後述する。)の内外において行われていた場合には、確かにその漁業種として操業が永久に不可能になるものではないから権利自体が消滅するものではないが、この場合でも消滅海域内での操業は不可能になるのであるから、これに対して消滅補償を行うことはむしろ当然のことである。本件契約においては、必ずしも権利自体が消滅しない許可漁業及び自由漁業についても、本件事業により長年にわたつて操業が事実上できなくなることが確実に予見されるものについては、権利消滅の場合に準じ、その割合に応じた消滅補償を行うこととしたものであつて、何ら問題はない。

また、原告らが特に問題にしている小型底曳網に対する消滅補償について言えば、確かに香川県漁業調整規則三九条による操業禁止区域内では操業実態はないから、これに対して消滅補償を行う理由はないが(したがつて、本件契約においても補償はしていない。)、右禁止区域外における小型底曳網漁については、本件事業による航路浚渫工事に伴つて将来長年にわたり操業が事実上不可能となる等の被害を受けることが確実であるから、権利消滅ではないが消滅補償を考慮したものである。

(二) 原告らは請求原因3項(四)(1)及び(2)において、本件事業による補償対象海域(消滅、制限、影響海域)について述べているが、その範囲はいずれも狭小にすぎる。

消滅海域は、埋立区域のほか、その前面の泊地及び航路の浚渫区域、更には埋立区域に隣接する運河の一部海域を含めた広大なものであり、制限海域は、右消滅海域を取り巻く海域である。影響海域は、基本的には瀬居島北端と乃生岬を結んだ線より南の海域であるが、潮流の関係から大槌、小槌島付近から丸亀沖までの海域も考慮に入れざるを得ないものであつた。

(三) 原告らは請求原因3項(四)(3)において、各種の統計に基づく議論を展開しているが、右統計が漁業の実態を正確に反映しているという保証はないのであるから、そもそも右のような議論は妥当とは言えないし、更に原告らは次のような誤りを犯している。

(1) 原告らは同所(ア)において、「香川の水産」によれば、昭和四九年度の香川県内漁業の生産高は金八七・一億円とされている旨主張するが、これは金二〇三億円の誤りである(同書における「県内漁業八七・一億円」に「浅海養殖一一五・九億円」を加えたものが県内漁業生産高なのである。)。

また、原告らは、別紙内訳表によれば、本件事業による補償対象海域における年間総水揚額は金九一億五七四五万円余とされている旨主張するが、右水揚額は被告組合らが操業する海域全体、すなわち右補償対象海域以外の海域をも含めた海域での操業による水揚額を示したものである。

なお、本件契約締結当時における被告組合らの組合員数は、正組合員二六四一名、準組合員二四九名の合計二八九〇名であり、また、「香川の水産」における主たる漁場図は、同図自体から明らかなように、ごく一部の魚種(六種類)についての主たる漁場を概略的に示したものにすぎない。

(2) 原告らは同所(イ)において、「香川の水産」における生産金額と別紙内訳表における水揚額を比較しているが、前者は魚の種類別によるものであるのに対し、後者は漁業の種類別によるものであるから、異質の内容による比較であつて適正を欠く。

(3) 原告らは同所(ウ)において、「第二四次香川水産統計年報」における小型定置網の生産金額と、別紙内訳表における建網及び桝網の水揚額とを比較しているが、右小型定置網には建網は含まれないものであるから、右比較は失当である。

(四) なお、本件契約は、被告組合らが本件事業による漁業権等の消滅その他の不利益を甘受する代わりに、市がその対価を支払うという私法上の契約であるが、その補償金額については、これを規制する法令は一切存在しないし(本件要綱が法令でないことは言うまでもない。)、また、客観的に正当な補償額を算出する特別な手段方法も存しないから、結局は両当事者の合意によつて決するしか方法がないものであつて、本件のような漁業補償契約については全国的にこのような方法がとられているのである。

ところで、その契約交渉においては、両当事者とも漁業実態に基づいた主張を行うこととなるが、この漁業実態に基づいて具体的な補償金額を算定することは、一漁業協同組合の一漁種をとつても極めて困難なことである。けだし、魚価一つをとりあげても、どの時点のどの市場におけるどの漁業協同組合の実績を参考とするかによつて大きな差異があるし、漁獲量についても各漁業種の漁業方法や、時期、場所等の多くの条件による差異があり、そのほか、その漁業種の補償対象海域への依存度率、同海域内での被害率についても、一漁場に多くの漁業協同組合の権利が交錯し合い、あるいはその漁業協同組合が同時に多種類にわたる漁業を行つていること等に基づく複雑な要因が存するからである。

しかも、交渉に際しては、両当事者は全く対等の立場に立ち、当然のことながら被補償者側は少しでも高額な、補償者側は少しでも低額な補償額を主張するものであるから、補償額の決定はまさに困難を極めるものと言わなければならない。

原告らは請求原因5項(二)において、いとも簡単に正当な補償額を算出しているが、漁業補償契約における具体的な補償金額は以上のような過程を経てようやくにして決定されるものであつて、原告らが主張するような単純なものではあり得ない。

また、原告らは請求原因4項(一)において、被告番正が本件契約における補償金額が架空かつ過大なものであることを知りながら、又は重大な過失によりこれを知らないで本件契約を締結したなどと主張するが、右に述べた契約締結交渉の実態に照らせば、原告らの主張するような事実は存しようもないものであることが明らかである。

2  原告らは、被告番正及び同浦野について民法七〇九条による損害賠償責任がある旨主張するが、右被告両名については、前記本案前の主張で述べたとおり、民法の適用はないものである。

また、原告らは、被告組合らについて、被告番正の不法行為に積極的に加担かつ助勢したことによる共同不法行為の責任がある旨主張するが、右のとおり同被告が不法行為責任を負わない以上、被告組合らがこれと共同不法行為の責任を負うことはあり得ない。

3  坂出市が本件支出により被つた損害なるものは、いまだ存在しない。

すなわち、本件事業は特別事業であつて、これについては特別会計が組まれており、起債を財源として事業費(本件支出もこれに含まれる。)を賄う一方、造成された土地を誘致企業等に売却処分した代金で収支のバランスを図ることとされている。ところで、本件事業は現在まで順調に進展して来ており、収支の見通しは十分についているものであるから、市にはいまだ何らの損害も発生していないというべきである。

第三証拠<省略>

理由

一  まず、被告番正及び同浦野の本案前の主張について判断する。

1  右被告両名の主張は、要するに、<1>本件においては右被告両名のいずれについても、法二四三条の二第一項(後段)所定の損害賠償責任だけが問題となるものであるところ、<2>右責任が実現されるためには必ず同条三項所定の賠償命令の手続を経ることを要するものであつて、これ以外の方法で右責任の実現を図ることは許されないから、右被告両名に対する本件訴は不適法である、というにある。

2  そこで、右の<1>の点について検討するに、原告らが右被告両名の損害賠償責任の原因として主張する事由が、法二四三条の二第一項後段所定の事由にほかならないことは、その主張に照らして明白である。

ところで、同項は、その所定の職員が一定の行為により普通地方公共団体に損害を与えた場合における損害賠償責任を定めたものであるが、同項が右責任を生ずるための主観的要件につき、原則として故意又は重大な過失を要するものとしていることのほか、その損害が複数の職員の行為によつて発生したものである場合に関する同条二項の規定内容に徴すると、同条一項による賠償責任は、民法の規定によるそれとは異なつた特殊な責任であることが明らかであつて、これを要するに、同項は損害賠償責任に関する民法の規定に対する特別規定と解すべきものである。

そうすると、同項所定の職員の同項所定の行為に関する限り、一般法である民法の規定は適用を排除され、もつぱら同項による損害賠償責任だけが問題となるものと解するのが相当であつて、同条九項が賠償責任に関する民法の規定の適用を排除しているのも、右の趣旨を明らかにしたものにほかならないと言うべきである。

ただ、同条三項によると、同条一項による賠償責任については当該地方公共団体の長がその賠償を命ずることとされているので、この点から言つて、同項所定の職員の中には普通地方公共団体の長自身は含まれないとする見解も考え得るところである。

しかしながら、同条一項後段は、「次の各号に掲げる行為をする権限を有する職員」が当該行為をしたことにより普通地方公共団体に損害を与えたときにはこれを賠償しなければならないものとして、その二号に法二三二条の四第一項の命令(いわゆる支出命令)を掲げているところ、右命令については同条項自体からそれが普通地方公共団体の長の権限に属するものであることが明らかであるから、法二四三条の二第一項後段の文理から考えても、普通地方公共団体の長は同項の職員に含まれるものと解するのが自然であると言うべきである。のみならず、これを実質的に考えても、同項による賠償責任を負うべき長と、これに対して賠償命令を発すべき長とが別人である場合もあり得るほか、仮に同一人の場合であつても、普通地方公共団体の機関としての長が自然人としての長に対して賠償命令を発することは法理上はもとより可能であるうえ、現実的な手続面においても、賠償命令は監査委員の監査の結果に基づいてなされることになつているなど、その公正な運営が制度上担保されているのであるから、長のみをその余の職員と別異に取扱うべき理由はないと言うべきである。

したがつて、右の見解は採用することができないものであり、結局、本件においては、右被告両名のいずれについても法二四三条の二第一項後段所定の損害賠償責任だけが問題になるものと言うべきである。

3  しかしながら、右<2>の点については右被告両名の主張を是認することはできないものと言わなければならない。

すなわち、法二四三条の二第一項所定の損害賠償責任は、その文言、趣旨からして同項所定の要件が充足されたときに直ちに発生するものと解するのが相当であり、したがつて同条三項以下の賠償命令に関する規定は同条一項所定の損害賠償請求権を地方公共団体内部において簡易迅速に行使するための手続規定であると解すべきである。そうすると、右のような方法があるからと言つて、同条一項の責任を追及するための民事訴訟を提起することが一切排除されるものとまで解さなければならない理由はないから(仮に、そうでないとすると、住民による地方公共団体の長等の違法な財政上の行為の防止、是正等を図る制度である住民訴訟の機能が大幅に制約されることになつて住民訴訟の制度を設けた趣旨が没却されるおそれがある。)、当該地方公共団体の住民が住民訴訟をもつて右責任の実現を図ることは許されるものと解するのが相当である。

4  したがつて、本件訴が不適法であるとする右被告両名の主張は採用できない。

なお、仮に、法二四三条の二第一項の責任は同条三項の賠償命令があつて初めて発生するものと解すべきであるとしても、このことは、賠償命令がない限り同条一項の責任は発生しないということにすぎないのであるから、右責任を追及するための訴が賠償命令の手続を経ることなく提起されたとしても、その訴そのものを不適法とする理由にはなり得ないものと言うべきであり、結局において右被告両名の主張を採用できないことに変りはない。

二  そこで、次に本案について判断する。

1  請求原因2項及び3項(二)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  原告らは請求原因3項において、本件契約における会議費及び利子相当金が損失補償ないし損害賠償として根拠を有しないものであること及び同契約における漁業損失に対する補償額が補償の対象である漁業の実態に基づかずに算出された架空かつ過大なものであることを前提として、被告番正が本件契約を締結することにより右のような金員の支払を約したことは、同被告が市に対して負担する誠実義務に違反するものである旨主張するので、以下この点について検討する。

(一)  会議費及び利子相当金について

(1) 成立に争いのない甲第一九号証の二、被告番正の本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件契約における会議費は、被告組合らの一部に対し、当該被告組合において契約締結に至るまでに要した必要経費に対する実費弁済として、当該被告組合の要求に基づいて支払うこととされたものであること、右必要経費の主たるものは、被告組合が契約締結交渉に関して役員会、交渉委員会、あるいは総会を開催した場合に、当該被告組合内部の取決めによつて出席者に支払われた日当及びこれらの会議の開催に伴う事務費であるが、これらの費用、特に日当相当分についてまで市が負担することとしたのは、当該出席者にとつては、現実に漁労行為を休むことになるので、当該出席によつて失う利益を填補するために当該被告組合から出席者に対し日当が支払われる場合がほとんどであることを考慮したのと、これらの費用を負担することにしなければ、被告組合側は会議を開かず、契約締結交渉の速やかな妥結、ひいては本件事業の円滑な進行を妨げることになるのを考慮したことによるものであること、なお、これらの費用については、最終的に契約が締結される以前にも遂次支払われており、本件契約で支払うこととされた金二四〇〇万円を含めた会議費の総額は金四五七〇万円であるが、その支払対象となつた会議の回数は約三〇〇回に及ぶこと、一方、本件契約における利子相当金については、漁業損失に対する補償額についての交渉が妥結した場合には、これを速やかに確定的なものとするためにも、また、もともと被告組合側はその補償額を速やかに受領できることを前提に妥結に応じていることから言つても、これを速やかに支払う必要があつたところ、資金繰りの都合上その支払が四か月以上先にならざるを得ない場合があつたので、その場合に当該被告組合の要求に基づいて、支払が遅れることによる損害を填補するためにその利子に相当する金員を付加して支払うことが約されたものであつて、その利子相当金であること、以上の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) 右認定事実を前提に考えるに、右の会議費及び利子相当金は、市が当然にこれを負担しなければならない性質のものではないが、逆に市が負担することが特に不合理であるとは言えないし(会議費については、市が本件事業を計画することによつて補償交渉を必要とする事態を生じさせなければ発生することのなかつた費用であるという意味では、これを市が負担することとしても必ずしも不合理とは言えない。利子相当金については、契約が締結された以上、その後短期間内に本件事業による工事が着工されて漁業損失が生ずる可能性があるのであるから、被告組合側が補償金を速やかに支払うよう求めるのは当然であり、市がこれに応じて大部分の補償金を契約後短期間内に支払うこととした場合に、当時準備しえた資金でそのすべてを支払うことができないときに特に支払が遅れる部分については利息金相当分を付加して支払うべきものとしたとしても必ずしも不合理とは言えない。)、その他右各金員を市が負担するに至つた経緯、特にその目的が本件事業の円滑な執行を図ることにあつたものと解されること、支給決定された金額等を考慮すると、被告番正が本件契約において右各金員の支払を約したことは、地方公共団体の長として有する裁量権の範囲を逸脱したとまでは認められず、同被告が執行機関として市に対して負担する誠実義務に違反するものではないと言うべきである。

(二)  漁業損失に対する補償額について

原告らは、前記のとおり本件契約における右の補償額が架空かつ過大なものである旨主張するが、この点については、次に述べるとおり本件全証拠によつてもこれを認めるに十分でない。

(1) すなわち、まず、本件において被告らは、右の補償額についての漁業種別及び補償種別ごとの内訳が別紙内訳表のとおりである旨主張しながら、同表に記載された事項自体については立証しないとの態度をとつており、実際にも本件証拠中にはこれを立証するに足る証拠は存在しないが、この一事をもつて右の補償額が架空かつ過大なものであるとすることができないのは言うまでもない。

一方、原告らは、請求原因5項(二)において本件事業に伴う正当な補償額を算出し、同所に述べられた補償以外の補償はすべて理由がない旨主張するが、右の正当な補償額の算出根拠、特に年間収入や収益率等については十分な証拠が存在しないし、原告らが右に主張する補償以外の補償は理由がないとの点についてもこれを肯定させる証拠は全く存在せず、結局において、本件事業に伴う正当な補償額がいくらであるかの点については本件全証拠をもつてしてもこれを確定することができないから、この観点から本件契約における補償額が架空、過大なものであるか否かを論ずることは不可能であるといわざるをえない。

なお、右の点につき証人三宅正瞭の証言中には、本件事業による補償額としては総額で一億円を超えない額が正当であるとする部分があるが、同証言部分は、それ自体からも明らかなように厳密な調査検討に基づくものではないから、到底採用できない。

(2) そこで、次に原告らが本件契約における補償額の架空性、過大性を示すものとして具体的に列挙した点について検討するに、まず、原告らは請求原因3項(四)(1)において、本件契約における消滅補償のうち許可漁業及び自由漁業に対するものは理由がない旨主張するが、この点については被告らにおいて、被告らの主張1項(一)のとおり反論するところであつて、右反論に示された考え方に基づいて許可漁業(小型底曳網を含む。)及び自由漁業に対しても消滅補償を行うことを不当とすべき理由はないから、原告らの右主張は当を得ないものと言うべきである。

次に、原告らは同所(2)において、本件契約における制限・影響補償についても、現実になされておらず、あるいは本件事業により制限や影響を受けない漁業種に対して制限・影響補償を行つているものが多い旨主張するところ、証人三宅正瞭の証言の一部にはこれに沿うかの如き部分があるが、右証言部分はあいまいで信用することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

また、原告らは同所(3)において、本件契約で前提とされている水揚高は架空かつ過大なものである旨主張し、その根拠として(ア)ないし(ウ)の事実を掲げているが、このうち(ア)の点については、弁論の全趣旨により成立を認める甲第二〇号証の二(原告ら主張の「香川の水産」)によれば、昭和四九年度における香川県内漁業の生産高は金二〇三億円とされているものと認められ、一方、弁論の全趣旨によれば、別紙内訳表における総水揚額は被告組合らが操業する全海域での操業による水揚額として掲げられたものと認められるから、原告らの立論は前提において失当と言うべきであり、(ウ)の点についても、原告らの掲げる小型定置網に損失補償の対象とされた建網が含まれていることを認めるに足りる証拠はないから、原告らの立論を肯認することはできないものと言うべきである。ただ、右の(イ)の点については、前掲甲第二〇号証の二及び弁論の全趣旨によれば、原告ら主張の事実を認めることができ、この点からすれば、別紙内訳表における水揚額のうち原告らが右(イ)で指摘するものは過大なものである疑いがあることは否定できない。しかしながら、成立に争いのない甲第一四号証(「第二四次香川水産統計年報」)によれば、これには右の甲第二〇号証の二における魚種別生産金額と同一の数字が掲げられているところ、この数字は香川県内の一部の市場を対象として調査した結果を平均した額を基礎として算出されたものであることが認められるから、これを超えることの一事のみから別紙内訳表における当該水揚額が過大なものであると断定することはできないと言うべきであるし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

更に、原告らは同所(4)において、本件契約で前提とされている依存度率及び被害率についても実質的根拠はなく、明らかに架空かつ過大なものである旨主張するが、この点を肯認させる証拠はない。

(3) なお、前掲甲第一九号証の二及び証人三宅正瞭の証言によれば、坂出市助役の藤井猛が市議会建設港湾委員会において、本件事業に伴う補償額を本件要綱に基づいて算定すると二十数億円であつた旨の答弁をしたとの事実が窺われないではないが、成立に争いのない乙第八号証の二によれば、右答弁の趣旨は、同助役を始めとする市側の本件漁業補償担当者が昭和四九年初めころの時点において、補償交渉にのぞむにあたつて当初の腹案として二十数億円程度を考えていたということにすぎず、右金額は本件要綱その他の何らかの基準に基づいて算定されたものではなかつたことが明らかである。

また、被告番正の本人尋問の結果によれば、市としては、本件契約締結交渉にのぞむにあたり、同五〇年初めころの時点でその補償額を本件要綱に基づいて三十数億円程度と試算していたことが認められるところ、この事実からすると、本件契約における補償額は過大なものとなつている疑いがないではないが、他方、成立に争いのない甲第二六号証によれば、そもそも本件要綱は、公共用地の取得に伴う各種の損失に対する補償につき、その大綱としての抽象的な基準を示したものにすぎず、むしろ問題はこれを具体的に算定する基礎資料にあるところ、漁業補償については右の基礎資料の収集自体に困難な面があることが認められるので、本件契約における補償額が市において事前に試算していた額より若干多くなつたことの一事をもつて、これが過大なものであるとすることはできないと言うべきである。

(4) その他本件証拠を子細に検討しても、本件契約における漁業損失に対する補償額が架空、過大なものであるとは認めることができない。

3  そうすると、本件契約が被告番正において市に対して負担する誠実義務に違反して締結した違法なものであるとは認められないから、これを前提とする原告らの本訴請求はすべて理由がないことに帰する。

三  以上の次第で、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅浩行 角隆博 小田幸生)

別紙損害金一覧表、補償契約一覧表、内訳表、図面<省略>

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